toi.toi.toi.

I am a Singer

ぐらっとね。

年齢を重ねてくると

それなりに

 

だいたいのことは

大丈夫になるけれど

 

反対に

弱気にもなります。

 

 

 

『私もうこの歳ですけど

いいの??』

 

 

 

という気持ちが、湧くものですね 笑

 

 

歳を重ねることについて

 

 

抵抗するでもなく

開き直るでもなく

 

 

弱気になる自分が確かにいます。

悪くないです。

 

 

歩んできた道

積み上がってきた価値観

誰かに誇れるものでもなくても

大切にしてきた自負も、ある。

 

 

それでもね

ぐらっとしてしまう時もありますね。

 

 

ぐらっと。

 

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ぐらっとする自分を

感じたら

 

 

つっぱらないで

力を抜いて

そのまま弱気に

揺れてしまおう。

 

 

なかなか

かわいいとこあるなぁって

笑ってしまおう。

 

 

心が揺れる

是即ち

情緒。なのかはわからないけれども。

 

 

弱気な自分^^

 

春だなぁ。

 

手を振る姿を。

お彼岸が近いせいか

 

このところ、またやけに

 

亡くなった父のことを思い出します。

 

 

 

Theお彼岸センチメンタル。

 

 

 

最近思いだすのは

 

 

冬の早朝。

 

 

その頃、始発電車で通勤してた私は

ちょうど、実家の前の道を通って

駅へ向かってました。

 

 

まだ暗くて

人通りも、ほとんどない中

 

実家のマンションのエントランスに

 

よく、父が立っていました。

 

パジャマに、ガウンの姿で

くわえ煙草で

 

通りのこちら側を歩く私に

ひらひらと手を振って。

 

 

私は

手を振り返すものの

足は止めずに歩きながら

 

「今日も寒いね」

「またね」

 

そのくらいの、言葉を交わすだけでした。

 

 

後から母に聞いたところによると

父は

私があの道を通るタイミングに合わせて

待っていたそうです。

 

 

 

冬の、まだ暗い早朝に。

 

 

 

本当に数少ない

私だけの

 

父との思い出。

 

 

 

お父さん

あの場所に

立っている姿を

もう一度、見たいです。

 

たぶん、また

手を振って通り過ぎるだけ、だけど 笑

 

過去を見つめて、未来を描く。

先日

ビジネス系の資質(強みの種)診断を受けました。

結構な量の質問に

一問あたり20秒以内で答えていく、というような内容なのですが

 

その回答が

どちらとも言えない、というか

その質問の内容について熟考したい、と思うものがいくつかありました。。

(ちなみに、診断結果、私の資質の第1位は

“とにかく頭脳労働が大好き”でした。

はい。趣味は妄想です。)

 

 

その中からひとつ。

(*⁰▿⁰*)

 

 

“未来志向か、回顧型か”を診断するような

質問があって。

 

 

私、どちらとも言えないと思ったんですよね。

 

 

過去にこだわって未来を描けないのと

過去を振り切って未来を描こうとするのは

 

それは同じことですよね?

 

ずっと見ていたい過去がある時

または

見たくない過去がある時

 

どちらも

過去は心に居座ってる。

不鮮明な、イメージの状態で。

 

その過去のイメージは

確実にひとつのフィルターになっていて

そのフィルターを通して

現在を見て、未来を描くことになる。

フィルターの存在に気づいていなくても。

 

そしたら

過去が影響しない未来志向なんて、あるのかな。

 

捨てたい過去がある時

捨てられない過去がある時

同時に

未来への扉はいくつか閉ざしてるような気がします。

 

 

未来志向って、流行りなのでしょうかね?

そういうわけじゃないのかな?

 

 

もし

うまく未来を想像できないのなら

心に居座ってる過去のイメージを見つめて

手を取り合う。

手を離す。

そんなタイミング。

そのあとで描ける未来は

もっと自由になっていくんじゃないかな。

自然と。

 

 

 

未来と過去

タイムリープなんてしなくても

それは同時に

今、変えられること。

 

【あなたは、より自由な未来を描くために、過去を見つめることを厭わないですか?】

 

って質問なら

答えやすかったんだけどな

 

とか言って

 

妄想でした(*⁰▿⁰*)

 

 

いつも、その時歌いたい歌を。

誕生日の前日

東京は大雪で

その日のレッスンは

全員おやすみで

教室は、孤島みたいで 笑

 

 

まるで前夜祭でした。

 

 

とうとう、というか

いよいよ、という感じです。

 

123で誕生日を迎えて

プレゼントも

サプライズばかりでしたが

 

10年以上前に亡くなっている恩人の言葉が

時空を超えて

今日、ようやく

私の下肚のど真ん中に刺さったことが

いちばんインパクトのあるプレゼントでした。

 

 

 

『いつも、その時いちばん歌いたい歌を、うたえ。』

 

 

 

私は歌うことが大好きです。

過集中できる、一番の遊び。

 

 

それがいつのまにか

 

 

“こんな曲も歌えるようにならなくちゃ”

“こういう声も出せるようにならなくちゃ”

 

 

音楽の、歌の、

“ホンモノ”に、追いつかなくちゃ

 

という気持ちが大きくなっていました。

 

 

“ホンモノ”ってなんだろう

どこにあるんだろう

 

誰が決めるんだろう

 

 

『いつも、その時いちばん歌いたい歌を、うたえ。』

 

 

私が、歌いたい歌を。

歌うべき歌じゃなくて

歌いたいのを。

 

どんな表現でもいい。

ホンモノとかニセモノとか

自分ひとりで決めればいい。

あれはないよね、って

言われれば

言われただけ

それはオリジナルってことだ。

 

誰かの感性に正解を探すより

 

自分の感性に、絶対でありたい。

 

 

歌っているだけで

胸の中のダイヤモンドが

キラキラと回転するような身体感覚は

恋と同じだと気づきました。

 

私は、私の歌に

恋をしているんだ。

 

私より上手い人なんて

そりゃもう

たーくさんいるけれど

 

他の誰の歌よりも

私は自分の歌が好きです。

 

歌はいつでも私のそばにいてくれたのに

ずっと気づかなかった。

これでようやく

運命の相手と

両想いです。

 

また新しい1年。

今までただの幼なじみだと思ってた運命の相手と

胸のダイヤモンドをキラキラ回しながら

たくさんデートします。

 

心臓の音はラブコール。

辛いこととか

 

なんかしんどいこととか

あって

 

“他の人たちはこんなにしんどくないだろうな、自分よりは。

みんな幸せなんだろうな、自分よりは。”

っていう前提なとき

(まぁそもそも

“みんな大変だよね”なんて思える余裕あるときは

そんなに辛さも感じてないとき)

 

 

 

心臓の音を聴く。自分の。

 

 

 

 

不思議なんですが

手をあてて聴かなくても

聴こえます。

 

 

それはいつも

ラブコールです。

 

 

私が生まれてから

死ぬまで

片時も、離れず

私が辛かろうが嬉しかろうが

私が注目しなくても

いつもその存在を忘れてても

  

 

 

“愛してるよ。大好きだよ。”

と鳴っています。

 

 

 

愛、の実体って

心臓の存在なんじゃないか、って

体感的に、感じます。

 

 

しんどくて

どうにもこうにも動けないとき

 

 

 

 

いよいよ降参するときなんだなぁと思います。

 

 

 

動けなくても

なにもできなくても

もしかして

ここにいるだけでいいんじゃないかってことに。

 

 

そんな自分の圧倒的な価値に。

 

 

ベストパフォーマンス。

体調不良が治らない今日

 

休まず仕事に行くことを選んだかわりに

 

絶対絶対

ファミマのハンバーグ弁当を

絶対絶対

食べるんだから!

 

心に固く誓い出勤しました。

 

 

最近食欲もなかったけれど

ファミマのハンバーグ弁当だけは

食べたい!!と

強い気持ちが燃えていました。

 

 

結果

 

このところいつも売り切れてた

ハンバーグ弁当が

なんと

ラスト一個で残ってた。。。!涙

 

神様とハイタッチからのハグです。

 

ひと口目はいつもどおり

おいしくて声が出ました。

 

レッスンしてても

体調は良くならなくて

しんどかったけれど

しんどい一色ではなく

生徒さんたちはみんな

すばらしい声が出て

嬉しい気持ちになりました。

拍手をたくさんしました。

 

身体がしんどくても

心の中には嬉しい気持ちが存在する。

自分がなにを見ると決めるか

その決定権は

環境にかかわらず、自分にあるな、と

再確認しました。

 

 

実は

休まないこと、こわかったんですけどね。

私は休む方が慣れてるから 笑

しんどいのに休まないことは

こわいことなので

 

やってみました。

 

大事なのは

どちらを選ぶかではなくて

選んだ自分の気持ちを

誰よりも自分が尊重することだなと

感じました。

 

たぶん、今日休んでても

休んで正解^^って

なっています。

 

 

もっとこうすればよかった、というようなことは存在しなくて

選んだ結果が、常にベストです。

絶対に。

あえて、絶対です。

 

だって、毎日

よくやってます。

私たち。

毎日、ベストを尽くしています。

そう思えなくても

そう思えない気持ちも含めて

ベストです。

手を抜いたな、って日も

空回りしたな、って日も

ベストです。

 

休まないを選択して

倒れちゃったとしても

選択は合っていた、と言い続けます。

その選択をした時の自分の気持ちを尊重して。

だって、がんばりたかったんだもの^^

『またがんばっちゃった‥』じゃなくて

『がんばらせてごめんね』じゃなくて

 

『がんばってくれてありがとう』です。

ありがとう、私^^

 

おかげで今年もたくさん感動しました。

いつもそばに歌があって

歌を通してたくさんの笑顔に会えたから

それだけでも

声が綺麗でよかった( ´ ▽ ` )

お調子者でよかった( ´ ▽ ` )

と思えました。

ずっと思えなかったのですよ。

声が綺麗な“だけ”って強烈なコンプレックスだったし

“お調子者”じゃなくて

しっかり者がよかったから。

 

今ではようやく

DNAに感謝です。

 

 

 

ポテチ食べて寝るぜーー!!

 

 

がんばれ。

頑張り屋さんは

 

がんばっていいと思います。

だってがんばっちゃうんだもの。

『がんばりたくない、でも、がんばらないと』って言われると

 

いけいけ!がんばっちゃえ!って思います。

 

がんばりたくない、んじゃなくて

がんばらない方がいいのはわかってるけどがんばらずにはいられない、んだろうから

 

がんばらずにはいられないあなたを

応援してあげたい。

 

 

“がんばる”がゲシュタルト崩壊寸前。

 

 

私が言えるのはいつも

 

 

『がんばらなくていいさー

一緒に休もー(*´∀`*)』

だし

『がんばっちゃえー

応援してるー(*´∀`*)

(終わったらかまってねー)』

です。

 

ついついがんばっちゃう時もあるし

がんばりたくても、がんばれない時もある。

休みたくても止まれない時もある。

 

 

どんな時もあっていいんだから

その時の自分にバツしないで。

 

どんな時だって

一生懸命生きてることには変わりないから

(*´∀`*)

 

がんばれがんばれ。

ひと息ついたら、遊ぼうね。